2023年リリースの、音楽アルバムの個人的ベスト、25作、ABC順。
目次
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- アルバム25選
- ANOHNI and the Johnsons『My Back Was A Bridge For You To Cross』
- Billy Woods & Kenny Segal『Maps』
- Blake Mills『Jelly Road』
- Danny Brown『Quaranta』
- Domenico Lancellotti『Sramba.』
- Everything But The Girl『Fuse』
- Febueder『Follow The Colonnade』
- Fenne Lily『Big Picture』
- GEZAN with Million Wish Collective『あのち』
- JPEGMAFIA & Danny Brown『SCARING THE HOES』
- Kara Jackson『Why Does the Earth Give Us People to Love』
- Lana Del Rey『Did you know that there's a tunnel under Ocean Blvd』
- Lil Yachty『Let's Start Here』
- Meg Baird『Furling』
- Meshell Ndegeocello『The Omnichord Real Book』
- Mitski『The Land Is Inhospital and So Are We』
- Noname『Sundial』
- Peter Barclay『I'm Not Your Toy』
- The Rolling Stones『Hackney Diamonds』
- Rubel『AS PALAVRAS, VOL. 1&2』
- Sufjan Stevens『Javelin』
- Wilco『Cousin』
- Yo La Tengo『This Stupid World』
- Young Fathers『Heavy Heavy』
- Yves Tumor『Praise A Lord Who Chews But Which Does Not Consume; (Or Simply, Hot Between Worlds)』
- 振り返り
アルバム25選
ANOHNI and the Johnsons『My Back Was A Bridge For You To Cross』
Country : U.S.A.
Label : Rebis Music
Genre : Indie Pop, Blue-eyed Soul
かつてBjorkの「Dull Flame Of Desire」に参加する彼女の歌を初めて聴いたときには、まるで地獄から鈍く噴き上がるようなその声に畏怖した。この世で最も素晴らしいの声の持ち主だと思った。
そう、地獄。トランスジェンダーである彼女の曲は、暗澹たる現実の中でいくつもの地獄(そして、それは生来背負うものでは決してなく、我々の社会が作り出してきた地獄である)を味わってきたような悲痛なものだ。
このアルバムではMarvin Gaye『What's Goin' On』に強く影響されているという。クリエイティブな感情表現としてのゴスペル。「Can't」のシャウトは芯をとらえて響き、「Why Am I Alive Now?」の悲しげなコード進行に乗せて発されるリフレインは、Marvin Gayeのスタイルが最大の抵抗を体現できると思わされる。
Billy Woods & Kenny Segal『Maps』
昨年のFestival de FRUEでBilly Woodsのパフォーマンスを観ることができたのは幸いだった。都会的なラップの対極にあるような、かといって「素朴」で片付けるには確かに誇りと気迫を感じさせるフロウ。
2019年のアルバム以来にKenny Segullと組んだ最新作は、「旅行」をテーマ。ジャジーで、ローファイ・ヒップホップ的であるがもっとざらついたトラックが印象的。
まるで朝日のように優しいギターのループバックにした「Soft landing」では、Nina Simoneの「I'm Feeling Good」のフレーズを「『I'm Feeling Good』という節なしで」引用している。
アルバムの中で特に象徴的な「Facetime」は、移動しながらスマホ一台でどこにでも繋がれたり、逆に自分がいない場所の様子も知れてしまう虚無についての曲。彼はELUCIDとのグループArmand Hammerの方の新作でも「Siri」をモチーフにしていたが、俗っぽいモチーフも用いながら、気が滅入るような現代生活をリリックで表現する。この曲のゲストシンガーはFuture IslandsのSamuel T. Herring。リゾート感を出すための面白い人選だ。
Blake Mills『Jelly Road』
Country : U.S.A.
Label : Verve Label Group
Genre : Indie Folk, Americana
SSWとしてだけでなく、多彩のミュージシャンやバンドでギターを弾いたりプロデューサーを務めたりと幅広い活躍をするBlake Mills。
リードトラック「Skelton Is Walking」を聴いた時点ですでに打ちのめされた気分になった。もう名曲にしかなり得ないイントロに、優しい歌。そして3分半に及ぶ、今時やる人も少ないだろうファズのかかりまくった泣きのギターソロ。琉球音階のような「unsignable」も耳に残る。本作でも幽玄な音の出し入れが存分に楽しめる。
Danny Brown『Quaranta』
JPEGMAFIAとの連名アルバム『SCARING THE HOES』ではお得意の高音で素っ頓狂なラップを展開していた彼は、本作では「Tantor」なんかではまだそのノリながら、後半にいくと低い声で本音を吐きだすようになってくる。
「Quaranta」はイタリア語で40。「サブカルは40で病む」と言ったのは吉田豪だったか、アートワークのDannyも悲しい顔を見せている。言われてみればヒップホップで老いと向き合った作品を知らない(不見識なだけかも)。
「ひとりぼっちでピエロのように思える」と悲しく独白する「Down Wit It」から、「もう一度やってみよう」と静かに締めくくる「Bass Jam」までのメロウな一連が美しい。
Domenico Lancellotti『Sramba.』
Country : Brazil
Label : Mais Um
Genre : Samba, Nova MPB
ブラジル・インディーのプロデューサー・コンポーザー・ドラマーとして活躍する、というこの人が日本でそれなりに語られてるのは一体どんな文脈なのかはあまりよく分かっていない。2018年の「The Good Is A Big Good」ではThe High LlamasのSean O'haganがプロデュースしていたりしたが、音響派的な文脈だろうか。
本作の特徴はモジュラーシンセを大胆に取り入れたサンバ。その脱構築っぷりはTom Zéの歴史的名盤『Estudando o Samba』の域にも近づいている。サンバを軸にしたリズムの冒険に、音響派的な清涼感あるギターが乗った「Diga」がかっこいい。歌物としてもジャジーな「Nada Sera de Outra Maneira」が名曲。
Everything But The Girl『Fuse』
Country : U.K.
Label : Buzzin' Fly
Genre : Indie Pop, UK Garage
ネオアコの中心であったレーベルCherry Red RecordsからTracey ThornとBen Wattで結成されたデュオ。の新作は24年ぶりであると。
UKガラージのようなビートが意外に思えるも、洒脱な佇まいはむしろコクを増す一方で、精力的にソロ活動してきたBenと、深みを増したTraceyのそれぞれの良さが出ている。ダンスフロアのきらめきと内省が同居するのもイギリスから生まれる音楽の愛おしさだ。チルアウトする「Lost」がお気に入り。
Febueder『Follow The Colonnade』
Country : U.K.
Label : 自主リリース
Genre : Experimental Pop
競馬場で有名なイングランドはアスコットの二人組。リードボーカル兼マルチインストルメント奏者Kieran GodfreyとパーカッショニストSamuel Keysellで構成。
アートワークのイメージからPenguin Cafe Orchestraを連想するが、まさにそのようなフォーク・クラシック・民俗音楽・ミニマル、加えてレゲエやクラブミュージック混ぜ合わせたアヴァンポップを、Panda BearやBeirutあたりのセンスで歌物にしてるかのよう。Black Country, New RoadやCarolineに続き、温故知新な音の解釈が見事な一枚。
Fenne Lily『Big Picture』
Country : U.K.
Label : Dead Oceans
Genre : Indie Folk
枯れたギターの音はしっかりとした質感を伴っていて、空っ風から逃げた屋外でふと溢すような、距離は近いけど甘さのない怯えるような声。
「Map Of Japan」の2コードの往復で落雷のようなストロークはThe Jesus and Mary Chainのの「Darklands」を連想する。「Lights Light Up」は、アートワークのスノードームのように小ぢんまりながらも確かなビートの組み立てを感じる。
Fenne Lilyはイギリスのシンガーソングライター。余談だが、私がふと思いついた「Campcore」というジャンル名を思いついてChat GPTに(Mount Eerieあたりを想定して)「代表的なアーティストを挙げよ」と無茶振りした結果、トップに上げられたのが本アルバムのリリース前の彼女の名前である。聴いてみてびっくりするくらい求めていた発見だったが、ソースを尋ねてみたら同じようなジャンルがRedditで誰かが考案していたらしい。
GEZAN with Million Wish Collective『あのち』
バンド4人に加えトロンボーン・パーカッション・総勢15名のコーラス隊Million Wish Collectiveを加えた大作。大人数の分厚いコーラスとトライバルなビートは圧倒的な説得力。大人数で演奏される音楽はもうそれだけで最高。バグパイプと長老みたいな謎のキャラの語りかけで始まる胡散臭さはあるが、怒りと歓びを強烈な倍音で彩る真摯なトータルアルバムになっている。
アルバムが後半になるにつれボルテージは上がっていき、「JUST LOVE」のクライマックスから(謎の長老の語りを挟んで)あまりに素朴な「リンダリリンダ」の締めくくりは魂に語りかけてくる。
しかし、中村一義や七尾旅人や銀杏BOYZのような、真面目でハイボルテージなトータルアルバムが生まれるのも、日本の文化的な特徴に関わりがあるんだろうか。ちょっと興味がある。
JPEGMAFIA & Danny Brown『SCARING THE HOES』
ヒップホップ界のサブカル野郎どもというか、アンダーグラウンドの旗手たちとでもいうべきか、JPEGMAFIAとDanny Brown(この記事内で2作目!)のタッグの奇策。
まず一聴してみてもわかるとおり、コラージュ的に飛び交うサンプリングの嵐。「Kingdom Hearts Key」の坂本真綾なんかはまだしも、「Garbage Pale Kids」での80年代の北海道のローカルCMを使おうなってなんてどうやったらそこに行き着くんだ。
太いドラムビートを力強く聞かせつつも、インダストリアルのように破壊的な展開も。二人の掛け合いもノってる。奇抜さだけでは片付けられない良作。
Kara Jackson『Why Does the Earth Give Us People to Love』
Country : U.S.A.
Label : September
Genre : Indie Folk, SSW
これはすごい。70年代初頭を思わせる不穏なフォークにNina Simoneのような醒めた声が乗る、聴いたことあるようで無い。かといって決してノスタルジックな音質に縮こめていたりしていない。そんな第一印象に感嘆しているうちに、「free」あたりで時間感覚が狂ってくる。「rat」のフェイザーかかった声に痺れる。「curtains」のベースラインに無常を覚える。緩やかにトリップするアルバムだ。
このアルバムの真価は詩にあるのは間違いないのだろう。特にタイトル曲は髄に染みるまで聴き込みたい壮絶な歌詞だ。
Lana Del Rey『Did you know that there's a tunnel under Ocean Blvd』
Country : U.S.A.
Label : Interscope
Genre : Art Pop, Dream Pop
やりすぎなほどに甘美でノスタルジックな作品をコンスタントにリリースし、熱狂的な信者とも言えるファンをたくさん抱える大スター。彼女が受け入れられるような時代は淫歩を止めてるってことだろうか?いや、このアルバムのタイトル曲で取り上げられる(Eaglesの)「Hotel California」も同様に退廃的なテーマの大ヒット曲だ。アメリカのポップス史はそんな繰り返しである。
アルバムの白眉は「A&W」。ファーストフードチェーン企業のようなタイトルは「American Whore(アメリカの売春婦)」を意味する。緊張感のあるコード進行から甘いサビをピアノで弾き語る前半、アシッドなベースが入ってきてドープなビートに、時折Led Zeppelin「Rain Song」のメロトロンを思わせるフレーズを挟む後半。とても正気で聴いていられない。
Lil Yachty『Let's Start Here』
Country : U.S.A.
Label : Quality Control Music
Genre : Psychedelic Rock, Psychedelic Soul
アトランタのラッパーの5作目。トラップで有名な人程度の認識だったが、トラップでイメージするような細かく刻まれるハイハットや刺激音の応酬はほとんどない。
1曲目を聴くと驚くことに『Animals』あたりのPink Floydのようだ。オールドロックばかり聴いてきた私がこれで耳を引かれてしまうのもしてやられた気分だ。画像生成AIが一般人に広く公開されてすぐの頃にリリースされたこのアートワークのキャッチーなアイロニーも、Pink Floydを感じさせなくもない。
プロデューサーの名前にはUnknown Mortal OrchestraのJake Portraitや、Yves TumorのアルバムもプロデュースしたJustin Raisenの名前があり、意図してサイケをやっているようである。トラップとサイケデリック・ロックの精神には似たようなものを感じる。実験的というよりは一種のルーツ探求のようなものかもしれない。
そのサイケな混沌の中で「sAy sOMETHINg」のような「エモい」メロディも沁みる。
Meg Baird『Furling』
Country : U.S.A
Label : Drag City
Genre : Indie Folk, Psychedelic
Espersでボーカルをつとめたりなど、ゼロ年代からサイケデリックやフォークで注目されてきたMeg Bairdのソロ名義最新作。シカゴのレーベルDrag Cityからリリース。
音楽性はMazzy Starや、Sandy Denny期のFairport Conventionあたりを彷彿とさせる、中毒性を感じさせるフォークロック。特に好きなトラックの「Star Hill Song」なんかは、溶けてしまいそうなほどの夢見心地で、酔生夢死に引きずられるような危うささえ感じる。
比較的ビート感のある名曲「Will You Follow Me Home」を後半に持ってきてくれてるおかげで、100%弛緩した状態で聴き終わらずに済むのもありがたいのかもしれない。
Meshell Ndegeocello『The Omnichord Real Book』
Country : U.S.A.
Label : Blue Note
Genre : Jazz, Neo Soul
ネオソウルの先駆けとも言われるらしい、シンガーソングライター・ベーシスト。なんでこんな偉大な音楽家をいままで知らなかったんだ、と思ったが、ずっと前に聴いていたJohn MellencampによるVan Morrisonのカバー「Wild Night」に参加してると知って驚いた。
本作は多彩なゲストを迎え、ジャズの名門「Blue Note」からリリースされたアルバム。8分超のリードトラック「Virgo」は乙女座銀河団を介して精神を解く、スペース・ファンクでかっこいい。また、「The 5th Dimension」なんかでは深いリバーブのギターの中に畳み掛けるジャズドラムが入り、大小入り混じった時間の流れを体感させられる。
「Clear Water」から「ASR」の冒頭なんかではSly & The Family Stoneのスタイルの掛け合いなんかも聞かれる。歴史への敬意と、スペーシーな精神性を演奏で体現する、アフロフューチャリズムな傑作。
Mitski『The Land Is Inhospital and So Are We』
Country : U.S.A.
Label : Dead Oceans
Genre : Indie Rock, Art Pop
日系アメリカ人ミツキ・ミヤワキの最新アルバム。前作「Laurel Hell」は息が詰まるような痛切なアルバムだったが、今作はアンニュイな味を残したまま、比較的リラックスな雰囲気に聴こえる。カントリーの聖地ナッシュビルで録音された演奏であり、ヒットシングル「My Love My All Mine」などでペダルスティールなんかも登場する。70sのシンガーソングライターを想起させるその作風は、Weyes BloodやFather John Mistyにも近づいてるが、作品にも参加したプロデューサーDrew Ericksonのオーケストレーションの力もある。
一方で「Buffalo Respected」なんかはオルタナ色が強めで、「The Deal」は『The Bends』の頃のRadioheadのよう。芯はそのまま、シンプルにいい曲を聞かせるいい作品。
Noname『Sundial』
シカゴの女性ラッパーの最新作。ラジオパーソナリティのような軽快さでフロウを聴かせる彼女は「ラッパー」より「詩人」として呼ばれがちだが、彼女はそれを好まないらしい。
バンド演奏によるジャズやボサノヴァ風味のトラックをバックにしたリラックスしたムードとは裏腹に、ラディカルな切れ味を携えたリリックが印象的。「namesake」という曲を挙げると、(軍事産業とも関わりが深い)NFLのスーパーボウルに出演したBeyonce、Rihanna、Kendrick Lamarを批判した後に、コーチェラでのNoname自身の出演について自己批判するようなくだりのキレがまた鋭い。
WebメディアTURNの解説記事がとても良かったのでおすすめ。
Peter Barclay『I'm Not Your Toy』
Country : U.S.A.
Label : Numero Group
Genre : Rare Groove, Soul
Spotifyから何かサジェストされたなと思ったらあまりに良すぎて、確認したらやっぱりNumeroレーベルからの発掘リリース。即アナログまで購入した。宅録ソウルシンガーPeter Barclayが90年代に出した2枚のアルバムから選曲した編集盤。
クィアであり、90年代のうちにエイズで亡くなった彼の作風は、シンセによる澄んだアンビエンスの中で、美しいファルセットを聴かせてくれる。
特徴をピックアップすればFrank Oceanにも通じるし、2021年に再発で「発見」されたBeverly-Glenn Copelandも連想する。こうやって新作を並べておきながら、私が一番出会って嬉しいのはこういった過去の秘宝かも知れない。
The Rolling Stones『Hackney Diamonds』
Country : U.K.
Label : A Polydor Records
Genre : Rock
2016年のブルースのカバー作『Blue & Lonesome』を飛ばすと、オリジナル作としては2005年の『A Bigger Bang』以来。個人的にもリアルタイムで聴けるのは初なのでとても嬉しい。『Tattoo You』、あるいは『Some Girls』以来の傑作と言われているが、同感である。
2021年にドラマーのCharlie Wattsが亡くなったが、その事実がこのアルバムを完成させる大きな動力となったのは間違いない。Charlieが残した録音は「Mess it Up」「Live By The Sword」の2曲。Charlieはかなり独特なドラマーだが、それ以外の曲で叩いているSteve Jordanも健闘している。
ファンが期待している以上のストーンズ節を出しつつも、「Angry」の歌メロなど新鮮に感じる部分もある。「Get Close」ではDinasour Jr.やOasisといったストーンズへのリスペクトを公言するオルタナティブロックバンドを逆に吸収したような味さえある。
ボーカルへのピッチ補正や、バキバキに加工されたドラムあたりは賛否両論だが、悪趣味なメッキを貼りながらショーを盛り上げるのが彼らのような時代のロックのやり方だと思っているので個人的には賛だ。
Rubel『AS PALAVRAS, VOL. 1&2』
Country : Brazil
Label : Dorileo
Genre : Nova MPB
個人的な話だが、2023年はDuolingoでポルトガル語をだらだらと学習し始め、250日以上続いている。この「As Palavras」も「The Words」だと分かって嬉しい。私的な話終わり。
Rubelはブラジルのインディー、いや現代のMPB*1の中心にいるかもしれない。2018年の前作「Casa」はヒップホップを取り入れ「ブラジルの(Frank Oceanの)『Blonde』」とまで呼ばれたらしいが、今作でもBKやMC CarolといったファンキのMCを迎え入れている。加えて、今作ではBala Desejo、Luedji Luna、Tim bernardesの2023年に初来日した三者が参加してるのもすごい。そして、レジェンドMilton Nascimentoの名前まで。彼の素晴らしいファルセットがアンビエントな使われ方をしていて贅沢だ。
多様な音楽を内包した彼の音楽はブラジル音楽の過去と未来、現在のさまざまなコミュニティを繋げうるものかもしれない。
Sufjan Stevens『Javelin』
Country : U.S.A.
Label : Asthmatic Kitty
Genre : Indie Folk, SSW
2015年の『Carrie & Lowell』の続編で、私的なテーマが中心。弾き語り中心だが、電子音や女声コーラスによるアレンジで、比較的重苦しさはやわらいでいる。それでも、冒頭から「Goodbye Evergreen」と歌い、彼らしいギターストロークの上でも「Will Anybody Ever Love Me?」と問いかける様には時間の儚さと向き合う痛切さを感じる。
アルバムのエンディングはNeil Youngのカバー「There's a World」。全盛期のNeil Youngの中でもあまり語られない曲だが、Sufjanのカバーではコードやメロディの進行が大きく変えられてる。原曲の詩がまったく別の意味合いで際立つ名カバーだ。
Wilco『Cousin』
近年のWilco、特に前作『Cruel Country』では、「Dad(Dad Rockとかの意味で)」を背負いすぎて変に縮こめてるんじゃないかと思ってた。そういう役回りはThe Nationalとかの方がよっぽど上手く立ち回れているし、カントリーのアルバムとしてもBilly Braggと共にWoody Guthrieを掘り起こした『Mermaid Avenue』シリーズの豊穣な演奏経験はどこに行ってしまったんだろう(とは言ってもメンバーは結構変わってるが)という、というぐらいに「らしくない」と思っていた。
本作はプロデューサーにCate Le Bonを迎えている。バンドよりだいぶ年下で、エキセントリック寄りの作風で、引き出しの多い彼女の参加は、目に見えてバンドにいい風を送り込んでいる。
「Evicted」や「Levee」では、まるでReal EstateかというようなモジュレーションのかかったギターをWilcoを聴けて新鮮だった。「Infinite Surprise」「Cousin」「Meant To Be」などでも、今までのWilcoにはありそうでなかったフレーズやリズムが飛び出してくる。Jeff Tweedyのポップセンスと、『Ode To Joy』あたりの一音一音に対するこだわりが、Cate Le Bonのセンスによってリフレッシュされた。
Yo La Tengo『This Stupid World』
ベテランのオルタナティブ・ロックである彼らの最新作が好意的に迎えられたのは、数ある作風の中で真に彼らしか出せない音を再認識できたからだと思う。
軽くも芯を捉えたドラムに、重量を感じさせるベースのグルーヴ。静かに囁くアイラとジョージアのヴォーカル。そして軋み、唸り、這いずり、でもなぜか心地いいギターノイズ。冒頭の「Sinatra Drive Breakdown」から暗く長い道をドライブするような魅力たっぷり。バイクのエンジン始動音のような「Fallout」のハイゲインなリフもかっこいい。
ハイライトは最終曲「Miles Away」。反響する長いトンネルを走る車内での会話のような、新境地のアンビエンス。それでもどこか懐かしい。
Young Fathers『Heavy Heavy』
タイトルとアートワークから「いかに攻撃的でエクスペリメンタルな音が飛び出してくるか」と身構えていたけど、蓋を開けてみると祝祭的でトライバル、そしていくらかのアイロニー混じりのインディーポップだった。GEZANの新作と共鳴するようだ。
「Drum」の後半のパートなんかはAnimal Collectiveかと思うくらい開放的。そして荘厳な「Tell Somebody」に雄大な「Geronimo」。お気に入りはズールー語・ショナ語で高らかに歌われる「Ulutation」。
Yves Tumor『Praise A Lord Who Chews But Which Does Not Consume; (Or Simply, Hot Between Worlds)』
2020年の前作『Heaven To A Tortured Mind』から引き続き「グラム・ロック」を影響元として作られたアルバム。今最も「泣きのギター」を聴かせてくれるアーティストかも知れない。「Parody」「Heaven Surround Us Like a Hood」なんかは特に泣ける。
「God Is a Circle」の吐息から始まるこのアルバムは、やたらと熱気を感じる。今年のフジロックはかんかん照りだったが、彼の出演した屋内のレッドマーキーはやたらと蒸し暑い(そして最高のステージ)だったように思う。ロックバンドが長い時間をかけて消してきた臭いを、彼はまとっている。
振り返り
2023年には誰もが認めざるをえないような主人公の話はあんまり聞かなかったと思う。PitchforkやRolling Stone誌の年間ベストで挙げたSZAもリリースは2022年だったし。TURNの年間ベストなんかはだいぶ毛色が違っていて方向性が見えなかった。一方で批評の外では大スターMiley Cyrusが記録的ヒットを出していたりもする。
個人的にはここ1年はロックよりヒップホップやブラジル音楽ばかり聴いていたが、結局リアルタイムを体験していない90年代までの作品を軸足にして捉える聴き方をしている。おかげで新しい潮流の動きにはとことん疎いままここにいる。私はもともと60年代〜90年代の音楽ばかり聴いてきた、かなり保守的な耳の人間なので、オルタナティブなフィールドからそういった時代の参照を見つけることで嬉しくなってしまう。そうするとどうしても蘊蓄くさくなってきてしまうので、それを自覚すべきことを意識しながら、「なぜそれが悪いのか」についてもう一歩踏み込んで考えることにも興味はある。