『Stop Making Sense』を観に行こう

「Stop Making Sense」とは

アメリカのロックバンドTalking Headsのコンサートのドキュメンタリーである「Stop Making Sense」は、今では『羊たちの沈黙』でも知られるJonathan Demmeが監督を務め、1984年に公開された映画。「史上最高の音楽ドキュメンタリー」とも評価されるくらい優れた作品だ。この映画の40周年に向けて、何かと話題の配給会社A24が権利を獲得し、2023年から4Kレストアで公開された。日本では2024年2月2日から全国で公開が開始されている。

日本版ポスター

 ドキュメンタリーとはいうが、舞台裏に迫るようなパートは一切なく、公演のうちいくつかの日の撮影を切り貼りしているのみで、体験としては一本の(そして最高の)コンサートを見るのと同じ感覚だ。

 ショーにはバンド4人に加えて、5人のアフリカ系ミュージシャンが演奏に参加している。

オフィシャルトレイラー

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 オフィシャルトレイラーは、David Byrneがかのスーツをクリーニング店から引き取るところから始まるユニークな映像。その後に自転車で帰っているところは、彼のコロナ禍中のブロードウェイ・ショー映画『American Utopia』のラストの続きというファンサービスだろう。

感想

 私はレストア前にすでに二回観ていて、レストアは三回目の鑑賞となる。レストア版については、映像面では特に際立った改善はわからなかったが、音はとても良かった。何よりも大きな映画館のIMAXでこの映画を観られることが感慨深かった。

 席にじっと座って観ることには物足りなさは感じたが、悲しきかなあまり人もあまり入っていなかったために、ビートに合わせて体を軽く揺らしても他の人に影響がないくらいではあった。

 ただ、三度目といってもエンドロールを観るころにはめちゃくちゃ興奮している自分に気づいた。サントラ盤はそれ以上に何度も繰り返して聴いているし、映像面でも新しい発見はそんなになかったが、大きな音で浴びることで何度だって身体が打ち震えるショーだ。

 「頭ではMaking SenseしててもカラダはStop Making Senseじゃねえか……!」ってところか。あるいは、その反対か。

 当時のカルチャーシーンの動向とか、そういった前提知識はほとんど無しに楽しむことができるので、バンドを知らない人にもオススメ。むしろ観てくれ。

 

各曲の見どころなど

 未視聴の人向けというより、観た人と語りたいようなコメントばかりしてしまっているので、とにかくまずは映画を観てほしい。

1. Psycho Killer

 ヴォーカル兼リズムギター、フロントマンのDavid Byrneがラジカセを片手に一人で現れる。ラジカセを置いて、ビートを流し、アコギを弾き始める。1stアルバムの『Talking Heads '77』に収録されている代表曲である「Psycho Killer」だ。

 ビートにはいくらか特徴的なフィルが仕掛けてあり、David Byrneはその度によろけるような動きをする。

 最後のコードを鳴らして曲が終わったあとに、アコギの「ビビり」のようなノイズをあえて鳴らしてるのが良い。

2. Heaven

 続いてTina Weymouthが登場。3rdアルバム『Fear of Music』から穏やかな曲をアコギとベースのデュエットで演奏。

 でもこの曲のコーラス、別にTina Weymouthが歌ってる訳じゃない……。まだ登場してないゲストシンガーが歌っているようだ。

3. Thank You For Sending Me An Angel

 2ndアルバム『More Songs About Buildings and Food』の最初を飾る曲。

 以前、『「Stop Making Sense』の中で一番すごい瞬間はどこ?」と友人と話し合った時、この「Thank You For Sending Me An Angelのイントロ」と決まった。ドラマーChris Frantzが登場して3人で演奏されるこの曲、言葉では語りづらいが、アタマの1小節だけシャッフルビートのように始まって、何事もなかったかのように原曲のスクエアなビートに戻る。最初はミスかと思ったけど聴きなおしてみても、ちゃんと3人が息を合わせているようにしか思えない。耳にひっかかって離さない、バンドのマジカルな瞬間だ。

4. Found a Job

 前曲に引き続き2ndから。Jerry Harrisonが加わってメンバー4人揃い踏みで演奏される唯一の曲。

 単純なブルース進行ながら、ギターのカッティングと、シンコペーション気味なベースで聴かせてくれる面白い曲だと気付かされる。

5. Slippery People

 5thアルバム『Speaking in Tongues』より、バンドの中でも最も粘っこいファンクであり、ゴスペルでもある。ゲストミュージシャンたちが加わってステージは前列後列の二段構えとなる。いよいよ当アルバムのツアーの本編といったところ。

 パーカッションのSteve Scales、ギターのAndy Weir、鍵盤のBernie Worrell、バッキングボーカルのEdnah Holt・Lynn Mabryと、ここで登場するゲストミュージシャンたちそれぞれの聴きどころがしっかり用意されている。Tina Weymouthのベースの音の切り方も気持ちいい。

 曲の最後の、Chris Frantzがスネアを思いっきり叩くところで、アルバム音源の方は慌ててミキサーのツマミを下げたような音量の下がり方をするが、映画の方では特に下げられていなさそうだった。

6. Burning Down the House

 『Speaking in Tongues』からシングルカットされ、ビルボードHot100で最高9位を記録した、バンド最大のヒット曲。

 このツアーの興行にも一役買ったであろうこの曲は、その期待をしっかり上回るようなハイテンションで演奏され、前半のクライマックスだ。George ClintonParliament / Funkadelicのライブでの観客の詠唱から影響を受けたという「家を焼き払え」というキャッチーなフレーズが力強い。曲終盤のDavid ByrneとゲストギタリストのAlex Weirが二人で腿上げしながらギターを弾くところが最高。

7. Life During Wartime

 3rd『Fear of Music』より。「これはパーティじゃない、これはディスコじゃない、ふざけているわけでもない」というコーラスが印象的な曲。

 これまた引き続きクライマックスのようなテンションで演奏される。この曲ではDavid Byrneはギターを持たず解き放たれたように踊り歌う。時にはランニングのように、時にはガニ股を開いたり閉じたり、時にはくねくねしたり、気持ち悪い動き満載だ。

 この映画を「オールスタンディング上映」という形式で観た時はみんなこの曲でみんな真似て、時には通路を駆けながらノリノリで踊っていてとても良かった。

8. Making Flippy Floppy

 『Speaking in Tongues』より。

 照明が落とされ、背後のスクリーンに象徴的な単語がいくつか浮かぶ。ここからしばらくは「暗転パート」とでもいえる。

 一番最初の「Wait a Munite」の問いかけはスタジオ録音にはないが、注意を引く掛け声だ。あまり目立たないがAlex Weirのギターソロが熱い。

9. Swamp

 これも『Speaking in Tongues』より。曲題から連想されるように、アメリカ南部のごとくゴシックな歌詞のブルースを下地に、それっぽくわざとらしい歌唱と・浮遊感あるシンセ・アフリカンなリズムが混ざって一風変わった曲だ。

 いつの間にかオールバックでスーツ姿になってるDavid Byrne。全曲の最後に「Anybody question?」と聞いたりしているので、この間に転換があったんだろう(そもそもこの映画自体ツアーの切り貼りだから全然別の流れかもしれないが)。「ハイ、ハイハイハーイ」というコーラスと共に行進するような動きが印象的。照明が抑えめなのがまた不気味で良い。

10. What a Day That Was

 David Byrneのソロ『The Catherine Wheel』からの曲で、ここではバンド用にアレンジされている。

 私がこの映画で最も好きな曲で、『Remain In The Light』期のような緊迫感あるファンクなヴァースと、開放感たっぷりのコーラスのコントラストがたまらない。Alex Weirのスライドギターのプレイはまるで流れ星のようにきらめいている。クラヴィネット的なシンセもハネが気持ちいい。

 下から見上げるような照明と、その顔をアップで写すカメラワークも良い。バッキングボーカルのEdnah Holt・Lynn Mabryの二人の写りが特にカッコいい。

11. This Must Be A Place

 『Speaking in Tongues』より、「Burning Down The House」に続いてチャートインしたシングル曲。

 まるで家具を配置していくように、楽器たちがお互いの隙間を活かしながら、ミニマルに噛み合って展開されていくこの曲は、この世で最も素晴らしいコンセプチュアルなバンドアンサンブルの一つだと思う。ベースはJerry Harrisonがシンセで弾き、Tina Weymouthは高音のギターリフを弾いている。

 背後に本棚を模したスクリーンがあり、前列のメンバーは真ん中のランプの奥に横並びになる。David Byrneはこのランプを掴み、傾けてしまい、でも倒さないためにまた逆向きに傾けたりする。不安定さの中でなんとか落ち着かせようとするような、心動かされるパフォーマンスだ。

 会場では観客たちは椅子に座って見ているが、この曲の終わりでスタンディングオベーションとなっている様子が映されている。

12. Once In a Lifetime

 彼らの代表作である4thアルバム『Remain in the Light』から。

 全曲で感動のフィナーレといった気分になってしまったところで、すかさず最高が約束されたシーケンサーが流れてきて、「オイオイ」とにやけてしまう。David Byrneもジャケットを脱ぎ、汗だくだ。人生の不可逆性を水の流れに喩え、語りとコーラスを交互に繰り返すミニマルな曲。終盤の場を支配するような大きな音のシンセがかっこいい。

13. (Tom Tom Club)Genuis of Love

 Tina WeymouthとChris Frantzによるバンド内サイドプロジェクト「Tom Tom Club」を幕間劇のようにプレイ。とはいえこの「Genius of Love」という曲自体がヒットしており、このファンキーなリフレインはMariah Careyの「Fantasy」や、Grand Masterをはじめてとした無数のヒップホップトラックでサンプリングされていたりしており、もしかしたらTalking headsのどの曲よりも有名かもしれない。

 Chris FrantzのMC的な掛け声と、Tina Weymouthとバッキングボーカル二人の(あえてこの表現を使うが)ガーリーな歌で進行する。Chris Frantzの「Freeze!」というシャウトと共に彼以外が動きを止め、そしてTina Weymouthがガニ股でハネ出す動きが印象的だが、この動きでThe Raincoatsの『Moving』のジャケを思い出す。音楽性も近いし、参考にしたのか、シーン自体にの流行があったのだろうか。

14. Girlfriend is Better

 Talking Headsに戻って、ステージに明るさが戻る。『Speaking in Tongues』からの曲。この曲の歌詞で「Stop Making Sense」というフレーズがあり、いわば「タイトル回収」になるわけだ。映画のポスター及びアルバムのジャケで存在感を放つ、あの異様に横幅の広いスーツもここでDavid Byrneが「ずんぐり太った白人」といったアイロニーを可視化するかのように着用してくる。そう、今一度考え直すと「Stop Making Sense」と謳いながら、あまりにMaking Senseしている、頭でっかちなパフォーマンスでもある。

15. Take Me to The River

 『More Songs About Buildings and Food』より、偉大なソウルシンガーAl Greenのカバー曲。テンポはスタジオ版よりも原曲に近い。

 コーラスは迫力たっぷりで、この映画のもう何度目かわからない山場(川だけど)の一つだ。

 カウベルを叩くSteve Scalesのかわいい瞬間が二つあり、ひとつめは後列で鍵盤を弾くJerry Harrisonに「降りてこいよ」と呼びかけるも、聞こえてないだろうところ。ふたつめはカウベルにダブをかけられてることに気づいて笑顔になるところ。

 そしてDavid Byrneは例のスーツのジャケットを脱ぎ、さらに謎の赤いキャップをかぶりだして異様さが増している。

 神に赦しを乞うような抽象的な歌詞だが、「Water」「River」といったモチーフが「Once In a Lifetime」のリフレインにも通じており、このセットリストの総決算としてピッタリだ。

16. Crosseyed and Painless

 今度こそフィナーレかと思いきや、メジャー7thコードの爽やかな始まりからミドルテンポのジャムが始まる。何の曲だろうかと思って少しすると聞き覚えのあるリフがギターで弾かれる。そして「ジャッジャッ」というキメと共にテンポアップ。『Remain in the Light』からの名曲だ。David Byrneのスラックスは普通のサイズのため、前の曲とは別の日の撮影だろう。

 Brian Enoと共に作られたコンセプチュアルの極みみたいな曲を、各プレイヤーが汗だくのハイヴォルテージで演奏するのだからたまらない。特にカウベルのビートと共にDavid Byrneが捲し立てるパートがキレッキレ。そして終盤のリフレインの中で入る「タン タン タン タン」のキメでDavid ByrneとAlex Weirが腕をお互いのギターに向けて交差させて静止するところがかっこいい。

 最後のリフレインの中でツアーおよび映画のクルーが登場し、David Byrneはステージを去っていくと演奏は終わる。今度こそ本当の最後だ。

サウンドトラック

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 今回レストアにあたって、サントラ盤も新しいデラックスエディションが発売。映像にはない公園の追加曲もあり、3rd『Fear of Music』から「Cities」、David Byrneのソロ曲から3rd冒頭の曲へ繋がる「Big Business / I Zimbra」のふたつ。どちらもいい演奏なだけにこれまた映像が観たいという欲が出てしまう……。